●山中伸弥教授講演

田舎では夏野菜の収穫がはじまってます。
我が家の畑は玉ねぎです。
母が一年前に亡くなり畑の世話をするものが居なくなりました。
近所のおばさん達に指導を受けながら作付けしましたがなかなか難しいですね。
寮生に少しでも栄養価の高いものをと思い、毎年ぶさいくですが育ててくれてました。
田を耕し種を撒く、水をやる、草が生える、取り除く・・繰り返しです。
母曰く「草は根っこから掘り起こす。これ大事。」
当たり前の話のようですがれを怠るとあとでひどい目にあいますね。
続けて母「野菜も子供たち(弟子)も同じ、しっかりと土台を耕せば自然と美しい立ち振る舞い
出来る子に育つ。。」
どこで何をしていても常に叱られているようです。
本日、3月26日世界遺産 国宝姫路城大天守修理竣工記念式典が城内三の丸広場にて
挙行されました。
一年で数回しか見られないような晴天の中、1400有余名の来賓と約2000人の参観者の皆さんで
三の丸広場は大賑わいです。
49年振りのブルーインパルスの祝賀飛行も姫路で目の当たりに見る事が出来全てにおいて感無量でした。
私共大都流一門も、この大事業に携わる事が出来ました事、関係各位の皆様に心から感謝申し上げ
ます。
本当に有難うございました。
早速、先代へ本日の喜びを報告致し、宮大工として世界に座する大切な文化財を信心をもって守り続けるお役目の重大さを
一同あらためて痛感致しました。
工事内容については許可を頂きましたら随時ご報告させていただきます。
とりあえず皆様に感動のおすそわけ。。
平成27年3月26日 三年の歳月をかけて修復された国宝 姫路城の竣工式が執り行われます。
当日は、工事関係者を含め1400人の方々でのお祝いとお披露目です。
また、49年振りとなるブルーインパルスの飛行もあり素晴らしい式典となるでしょう。
私共も大工担当として御案内を頂きました。
丁度3月8日、神戸新聞正平調に関連記事が登載されてましたのでご紹介させていただきます。
元、文部技官であり昭和の大改修の総監督でありました加藤得二先生のお話です。
私共とのご縁は姫路城の改修が終了し、加藤先生が姫路の地に永住するとの事で弊社顧問となって頂き
城郭建築から社寺全てにおいての規矩術のご指導を賜りました。
私も弟子入りし数年間先生のお伴を致し、数々の西日本の文化財現場にて厳しいご指導とユーモアあふれる経験談を
教えていただいた事を誇りに思っております。
加藤先生の家を建てる時のエピソードがあります。
先代が図面の打ち合わせをし、いよいよ材木の調達に入ろうとした時に先生からこんな注文が入りました。
「材木は国産材、見えるところ全て節有りにするように」
先代親方は加藤先生のような名建築家が面白い事おっしゃるなぁ~と思ったのもつかぬ間
全て生き節の材・・・揃えるのに無節の材より大変だったと後談でした。
「杉は最低で最高の材料なんじゃ」
一級建築士の学者でありながら差し金を使い、鑿を振るうそれはすばらしい先生でした。
姫路に居て城に入れないとはなぁー
先代の想いがやっと一つ成就出来ました。
今月、故 大都流三十一代 西嶋勉 号臥龍 親方十三回忌と奥様の一周忌が西嶋家にて執り行われます。
先代が落葉されてから早いものでもう13年の月日が流れました。
法事ごとに先立ち高弟の弟子たちが墓前にお参りに来てくれました。
この弟子達は特に先代には厳しく叱咤痛棒を頂き育てていただいた子供たちです。
思い起こせば先代元気な時は休憩時間はいっぷくと云うほどに煙草一本くわえ吸い終わるころには
さっそうと鑿をもっていました。
いっぷく後にトイレでも行こうものなら雷の如く「何のためのいっぷくじゃ!あほたれ!」と怒鳴られ
切った端材を軽く捨てようとすれば「神仏の材を何所へ捨てるんじゃ!大切にせい!」
そう言いながら我が家の風呂焚きに持って帰らされました。
(お陰で今でも我が家は焚き物の風呂であります。。)
あると時には、現場で真っ黒になった私達をその恰好のまま高級クラブとやらに貸切で呑めや歌えの散財し
労をねぎらってくれた事を思い出します。
生涯夫婦で育てたくれた子どもたちは40数名、親御さんでも叱らない事を徹底して人として大切な事
身をもって伝えてくれました。
波乱万丈の人生でしたが好きな事を一生涯やりたい放題された志高き親方であったことに間違いはありません。
新しく一月六日付けで弟子入りを許された渡邊君の紹介です。
この度、弊社親方から入弟を許されました渡邊将太君です。
昨年、12月に二週間の実地研修を行いご両親立ち合いの上許しが出ました。
出身は九州大分臼杵市、海を面したとてものどかな街育ちの若者です。
縁あって臼杵市興山寺阿部観栄ご住職のご紹介を頂きこの度の入弟となりました。
宮大工の道に進みたい。
弊社には毎年時期を問わず門を叩き若者がやって来ます。
ある者は一心に大工になりたい。
またある者は親を幸せにしたい。。
色々な思いや希望を抱き顔を見せにきてくれます。
近頃の若者は皆真面目です。やんちゃもしない代わりに大人しい子供たちが増えてきました。
その中でこの時代に年下の兄弟子から日々叱咤され規矩厳しい寮生活に入り耐えるには
一応に一つだけ言える事があります。
それは願いです。
耐え忍ぶ時に我慢できない時に涙しこの道から逃げ出したいと思う時に絶対に引きとめさせてくれるものは何か・・。
お金が欲しいからでも人からの慰めでもありません。
自身がこの道に進みたいと決めた決断です。
これが修行の根源ですね。
渡邊君、最初の課題の自身の道具箱も作り上げました。
将来、日本を背負う宮大工になってほしいと拙に願ってます。
弘法大師空海が開かれた高野山に別格本山として由緒ある寺院
清浄心院に全国でも最高クラスの護摩堂 鳳凰奏殿の建立に我が流派、宮大工大都流の設計と施工のご指名を頂きました。
願主は鹿児島最福寺法主で護摩行の頂点に座されてます 高野山真言宗傳燈大阿闍梨 池口恵観 大僧正です。
一昨年、ご縁を頂き恵観先生から「壱千年の歴史を創造する。一緒にやりましょう!」と有難い真言を賜りました。
お山は今年1200年祭を迎えられます。
私達一門は当然ながらお山の規矩も勉強不足です。
聞くところによりますと、私共一門に普請奉行の命を頂くまでに全国から名高き大手企業を含め50数社ご来寺されていたと教えていただきました。
全国の共に歩む流派、名家、名工、大棟梁の皆様そして信心篤き壇信徒の皆々様、私達も心一つとなり世界平和の為、
一宮大工として出来うる限りの精進と信心をもって
槌音響かせて参りたいとの所存です。
どうかこれから永きに渡り、ご指導伏してお願い申し上げます。
私達の初発意はどのお山でも海でも動じることはありません。
一つ一つの神仏の縁、大切にしてまいります。
平成二七年一月
宮大工大都流 三十二代
当主 西嶋 靖尚 鳳雲 合掌
年明け早々少し愚痴です・・お聞きください。
仕事の出張関係でよく利用するホテルがあります。
近年そのホテルがリニューアルをされ新しく生まれ変わったと聞いて早速予約し利用させていただきました。
メインは入浴設備を完備された事です。
大浴場にサウナ、炭酸温泉に水風呂・・それは素晴らしい設計の元申し分のない改装でした。
ところが、ゆっくりと湯船に浸かっていますとなにかしら落ち着かないんですね。。
デザインも湯加減も一切問題ない。 おかしいなぁとふとあることに気が付きました。
香りです。と言うか匂いです。
どこから発生しているかというと日本調に仕上げられた屋根や格子、浴槽を包む枠の木材に原因がありました。
それは全て外国産の檜です。
節も無く材としては最高級に見える檜です。
この材が鼻をつく匂いの元でした。
長風呂してますとだんだんと頭が痛くなるような感があります。
近頃、私達の社寺建築の業界でも同様にしてこの様な材が使用されることが多々あります。
無論私達も使用したこともあります。
でもこれは材が入手しにくい事や高価な事、工期の短縮による原因もあります。
もう一つは大工として設計屋として不勉強で扱いにくいという点もあるでしょう。
日本人には匂いと香りは大きな違いがあり大切な文化です。
節の問題よりもなぜお伊勢さんは檜を使われてきたのか、はたまた高野山に高野槇が植えられたのか
福井では杉普請が主流で山陰では松普請、私達の地域 播州ではトガ普請が最高と伝えられてきたのか。
それぞれに因果があります。
話は逸れますが昨年京都の有名料亭で責任者されていた板前さんが念願の小料理屋をオープンされました。
その際に、カウンターを檜の一枚板で納めたいとの事で微力ながら協力させていただきました。
大将に聞くと「今でもとてもいい香りがします!お客さんがみんな撫でてくれてなぜか安心すると言ってくれてます。」
ここの大将も毎日牛乳でカウンターを拭き上げる御人ですから変わっていると言えば変わってますが・・。
まぁ頑固ですが美味しいです。一度皆さん冷やかしにお立ち寄りください(一応宣伝もしときます。)
私達宮大工は間違った情報や仕事を残すわけにはいきません。
それは人の命に関わるからです。
神仏の仕事とは厳しいものだとこのホテル様に教えていただきました。
当主 拝
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