●御花
●茶杓
●愛宕神社参拝
3月13日朝4時に出発、6時清滝の第一鳥居に到着、4キロの山道 愛宕神社目指し参拝です。
愛宕信仰参拝は私達の村では昔から続く恒例の行事です。
今年、有難く?くじに当たり、代参(村の人たちの代理で参拝する意)することになり私のわがままで一人でお参りさせていただきました。
心願成就、村の皆さんの火の用心は元より、会社の無事そして弟子達とその家族の安泰を願い、少し体重の増えた身体と
日頃の運動不足を気にしながらの参拝スタートです。
結果、正直死ぬかと思いました(笑)
先筆した通り、身体の重さに膝が耐えきれず息は上がるはそれはもう年配の皆様に追い越され、同情を頂きながら
通常登頂2時間あれば十分な距離が3時間もかかってしまい、下山に2時間費やしてしまいました。。
石段の先にはまた石段・・・上を見るとまた階段、だんだんと私利欲も無くなり(と、申すより記憶が飛んでいくような・・)
最後はただひたすら脚を前に出して無心となっている自身がいます。
お陰さまで無事本殿に到着し、神主様にお迎えを賜り、一人だけで祈願を受けていただき有難き奏上を賜る事が出来その目的は全て終えました。
’神仏が宿る御山とは不思議です。’
途中の休憩小屋で息絶え絶えに横たわっていますと、新しい仕事のご縁の連絡を4件もいただきました。
本当に不思議です。
私にとってこの参拝の目的は皆の無事が大義名分でしたが、実は平時から自分を離れて見つめ直すことにありました。
自身の日常に慢心は無いか・・心の隙間に我が充満してないか・・考えると何十何百とその懺悔が出てきます。
とても大切な時間であったと思います。
人は考えたり、想いだけでは物事は全く解決しません。それどころか、だんだんと状況は悪くなるばかりです。
神仏の本願、それのみが正しい智慧を生み苦しみから開放してくれるものじゃないかと感じています。
体力と、気力に自身ある方は是非ご参拝を!
今日も、階段の上り下りに涙しながら復活目指しております。。。
ps
よく考えると私自身の願い事、お願いするの忘れてました。
以下、愛宕神社様ホームページより
【御由緒】
当社は全国に約900社を数える愛宕神社の本社として、京都市最高峰の霊山である愛宕山上に鎮座する。
古くより火伏・防火に霊験のある神社として知られ、京都府内はもとより近畿地方を中心に全国から参拝者が絶えない。
その創祀年代は古く「愛宕山神道縁起」や「山城名勝志」白雲寺縁起によると大宝年間(701~704)に修験道の祖とされる役行者と白山の開祖として
知られる泰澄が朝廷の許しを得て朝日峰(愛宕山)に神廟を建立。
その後、天応元年(781)に慶俊が中興し、和気清麻呂が朝日峰に白雲寺を建立し愛宕大権現として鎮護国家の道場としたと伝えるが正確な史実は不明である。
早くより神仏習合の山岳修業霊場として名高く、9世紀頃には比叡山・比良山等と共に七高山の一つに数えられた。
神仏習合の時代には本殿に本地仏である勝軍地蔵、奥の院(現・若宮社)に愛宕山の天狗太郎坊が祀られ
境内には勝地院、教学院、大善院、威徳院、福寿院等の社僧の住坊が江戸末期まで存在していたが
明治初年の神仏分離令で白雲寺は廃絶、愛宕神社となり現在に至っている。
尚、本地仏であった勝軍地蔵は神仏分離令の際、金蔵寺(京都市西京区大原野)に移され現在も大切にお祀りされている。
平成15年9月28日、愛宕神社御鎮座1300年祭が執り行われた。
●名医との出会い
先日、縁あって二人の名医にお出会いした。
お一人目は、腰の痛みがあり久しぶりに幼馴染が開業しているクリニックにお世話になった。
彼は厳しい医術修行ののち十数年前に小さな町で開院し、地域密着の回診を行う優しい医者になっていた。
待合室で老患者さんとお話しているとこんなお話を聞かせていただいた。
「この先生は診ていただく度に私の身体に触れて叩いてどうですか?痛いですか?と聞いてくれるんです」
この世界では{触診}ということなのだろうか。おばあさんはとっても嬉しそうに受け答えされてる。
その上、近隣の噂ではこの先生は無口で触るだけなのに難しい病気を見つけてくれた!とか、触れたとこ以外に箇所に問題があるから
気をつけなさいとか言われた!等々・・いつしか名医になっていたのである。
もうお人方の先生は眼科医である。
この先生にも先代先生より大変お世話になっており私の恩人でもある。
診察から全てにおいて丁寧かつ安心できる先生であることに間違いないがこの先生にも{温情}を感じさせてくれる。
具合を診て施術を行い、その後必ずといっていいほど夜にお電話を頂く。
「具合どうかな?〇〇の状態はいいから心配しなくていいよ。。」
患者にとっては言葉は安ど感に繋がる。
考えてみれば近頃の医者様は、全てデーターを元に手も触れずコンピューターに向い受け答えをされる事が多くなっている。
これも時代と言えばそうではあるが何かしら寂しい思いをすることがある。
私達大工も同じことが言える。
今日も、依頼を受け古建築寺院の修復診断に上がってきた。
一見、外観からみると損傷ないように見える堂宇もよく観察し触れてみるとその痛みが手に取る等にわかってくる。。
時代を乗り越えた生きざまをも感じる。
それは人と同じで姿良くても実は骨に異常があり血管に詰まりがあるのと同じ事だ。
我々は神技を会得した宮大工でもない。神仏でもない。
名医名工とはその相対するモノと一つになることがまず大事である。
その為には休む事は許されない。 御身日々刹那に精進あるのみ。